のちの安全のための自動列車停止装置(ATS)などの機械装置や、その後のコンピュータシステムの確立にあたって、マン・マシン・システム(人と機械との力の融合化)をきわめて有効に機能させる現場のレベルの高さを示していた。
そのほか、「いい日、旅立ち」で知られるデイスカパ―・ジャパンなどの増収策、改革時までの人員合理化などもかなりのものだったが、これらは努力の割には決定的な成果をあげるところとはならなかった。
また余談になるが、国鉄の現場では、鉄道の仕事は徹夜作業を主体としていたため、田畑をもち、明け休みや休暇などを利用して農業に従事していたものが多かった。
これを「半段半鉄」といい、田んぼへの行きかえりに線路を見回るというふうに四六時中列車の動きを見ながら農業も支えていた。
彼らの生真面目さと忠誠心は、こういうところに育まれていたのだ。
国鉄の会計決算については企業会計原則に基づき、正確に行われていた。
先の道路公団改革のときに財務諸表のあるなしが問題になったが、これなど論外の話といえる。
本来、鉄道にしろ道路にしろ、膨大な資産を活用して行う事業は、減価償却費の計算など現金収支以外の経理も正確に計算する必要があり、国鉄はこういう計算を正確にやると同時に、旅客貨物別、線区別の原価計算までできていたのである。
国鉄改革の中心思想に「分割」という概念があり、これが可能かどうかが、国鉄改革の成否を決める鍵となったのだ。
可能と判断できたのは、国鉄の正確な列車ダイヤの運行システムの実績と、旅客貨物別、線区別の正確な原価計算があったからだ。
特に、分割された旅客鉄道会社間を数社にわたって運行される貨物列車の線路使用料の算出などは、理論を考え、実務に乗せて、正しいかどうか検証するためには数年はかかるようなものだが、国鉄では、すでに当時、会計学者の番場嘉一郎先生を会長とする「国鉄会計制度調査会」があり、元埼玉大学教授の山口達良先生提唱のアメリカの鉄道会社をモデルとした「アヴォイダブル・コスト(krgE与zhoaの計算」(旅客鉄道会社にとって、貨物列車の運転がなければ発生しないだろうという経費の計算)を、何年もかけて研究しており、その計算方式の採用によって現在の分制民営会社聞の使用料金の精算が行われているのである。
いずれにせよ、こうして国鉄は財政的には破綻していたが、良質な人材、仕事の正確性、正直さなど、企業の休質や企業文化は健全だったのである、したがって、政治の介入などが取り除かれ、いい改革案が示され、よき改革者指導者に恵まれれば、優良企業に変身できるのだ。
そして何よりも、国鉄改革が「鉄道を再生させた」ということは、新しい時代の日本の発展にとって最も大切な、自然循環型の経済への移行を可能とする大きな礎を築いたことになり、それがあったればこそ、二五兆円にも及ぶ不良債務を国民負担としても納得が得られたのではないかと思う。
経営品質が会社を救う私が国鉄で二四年間やってきた仕事といえば、国会対策、お役所との調整、労働組合との交渉、新聞記者とのお付き合いなど、健全な民間企業ではほとんど問題にならないような厄介ごとばかりいわば「実業とは程遠い」ようなことを一生懸命やってきたのである。
唯一の実業は、であった。
会社決算の仕事ときぐらいのものだった。
それが一九八七(昭和六二)年日本食堂にきてみると、自分のところで作った弁当をお客さんが目の前で食べてくれる。
お客さんはどう思って食べてくれたのか、たくさん売れるだろうか、よその弁当に比べてどうなんだろうか、こうした作り方でよいのだろうかなど、気になる点がたくさんあった。
要するに、国鉄に二四年も働いていながらお客さんと直に接したのは見習いのときぐらいで、ほとんどは現場を離れた世界にいたのだ。
実業の現場に立ってみると、実業の世界は一つひとつ、がワクワク、ドキドキするものだった。
ボヤボヤしているとお客さんに捕まり、文句をつけられたり、ドヤされたり、油断もすきもあったものではない。
会社は一九七八(昭和五三)年まで外食産業トップだったが、いまや近代外食産業の仲間はずれで凋落の一途をたどっていた。
さらに、JRの分割民営化に伴い、会社も一九八八年には五分割され、企業体力はさらに縮小した。
このままでは、国鉄の二の舞で会社も潰れてしまいそうだ。
国鉄では最後にお役に立てずに終わった人間だが、次にきた会社も潰してしまったら申し訳ないし、自分も生きていけないというところまで追いつめられ、ここで食い物屋の必死の勉強が始まった。
そこで、先述した「真理の勉強」を通して考えたのが「品質」だった。
国鉄が改革によって生き返ったのは、さきに述べたように一つは人材と、正確なダイヤ、正直な決算ができていたからで、「世界一といえる高品質経営」だったからではなかったか。
どうにもならない国鉄でも、経営品質がよければ再建も可能なのだからいったん衰退したものが蘇る唯一の道は、「品質」を追求し実現することだと思った。
特に食べ物の世界は、人の生命を維持しているのであり、JRの安全、正確な列車ダイヤと同様、いやそれ以上に、食の安全、高品質が重要だと思った。
また、あれほど国民から批判されていた国鉄が、国鉄改革によって幸せなニュースター卜が切れたのは、多くのまじめな職員の正直な経営姿勢が幸運に結びついたような気がして、ビジネスは正直でなければ救われないと思った。
これは、志半ばで退職し、いわば負け組になったように思えた私が、現に国鉄改革の中で企業の理念や価値観、すなわち、経営の品質というものがいかに大切かということと、忠直なまでの正直な努力がいかに大事かということをとことん勉強させてもらった結果だった。
この国鉄での反省に基づき、要領よくうまく生きることはやめにして、自分にとって、会社にとって、世の中にとって最も大事で価値があり、お客さんのためになることを、腹のそこから信じてやってみようと思った。
そして、現場に飛び込み、驚愕の真実を発見し、物事の本質、何が大切なのかを学び、品質を求めフレッシュ&ヘルシー、クオリティ・ジャーニー(品質求道)にたどり着くことになった。
ところで、経営品質が本当に会社を救うかどうかという問題については、日本食堂にきて、なるほどと納得のいく点をみつけた。
それは、日本食堂も一九八八(昭和六三)年までに五つに分社化JR東日本の傘下に入った日本食堂(現・日本レストランエンタープライズ)を除く四社は、その後いずれも吸収合併されるか消滅しており、残念ながら国鉄の経営品質に比べ、生命力がかなり弱かったことが実証されたのである。
したのだが、 (昭和六二)年四月一日、中央区八丁堀にある日本食堂の本社に出社した。
このときの社長は、一九七五年一一月二六日からの八日間に及んだスト権スト(国労などの国鉄の組合が労働争議権を獲得するために行った全国規模の大ストライキ)の責任を取って国鉄をやめられた加賀谷徳治氏(元国鉄常務理事)で、新装なった本社に暖かく迎え入れてくれた。
私はお願いとして、実学の勉強のチャンスをいただきたいということと、現場をじっくり見せてもらいたいと申し入れ、快くお許しを得て、早速翌日から、早朝、夜間を利用した「簿記・税務」「英会話」「コンピュータ」の勉強を始める一方、現場の実務見習いのスケジュールを組んで回った。
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